はじめに
介護福祉士は1987年に誕生した国家資格ですが、現在の介護業界では人材不足や専門性の確立といった課題が深刻化しています。資格制度が導入されたことで介護の質は向上したものの、依然として無資格者が現場の大部分を支えている状況です。
本記事では、介護福祉士資格の成り立ちを振り返りながら、現在の課題を整理し、これからの介護福祉士に求められる改革について考察します。
介護福祉士の誕生――介護職の専門性を確立するために
介護福祉士の資格が導入される前
介護福祉士という資格ができる前、介護は主に**「寮母(りょうぼ)」**と呼ばれる人々によって担われていました。特別な資格や教育課程はなく、主に経験や人柄に依存した形で介護が行われていました。
しかし、このような状況では以下のような問題が発生していました。
- 介護の質が従事者個人の能力に左右される
- 認知症や身体介護に関する専門知識が不足
- 介護職の社会的地位が低く、待遇改善が進まない
こうした課題を解決するため、1979年には全国老人福祉施設協議会が**「福祉寮母講習会」**を開催し、専門教育の導入が始まりました。そして、1987年に「社会福祉士及び介護福祉士法」が制定され、介護福祉士が国家資格として正式に導入されました。
資格制度創設時の対立と妥協
介護福祉士制度は、介護の専門性向上を目的として導入されたものの、制度設計の過程では多くの対立と妥協がありました。
その中には、日本看護協会や家政婦団体からの強い反発があり、結果として現在の「名称独占資格」にとどまる制度になっています。
家政婦団体の反発
介護福祉士の資格制度が導入されると、これまで家事や介護の仕事を担っていた家政婦の仕事が奪われる可能性がありました。そのため、家政婦団体は強く反発し、政府との交渉の末、**「家政婦向けの無試験コース」**が設けられることになりました。これにより、家政婦として働いていた人々が、仕事を続けられる仕組みができました。
日本看護協会の反発
日本看護協会は、「介護は看護の一部である」と主張しました。特に、介護福祉士の資格ができることで、**「准看護師よりも介護福祉士の方が格上と見なされるのではないか」**「介護福祉士が増えることで、看護師の仕事領域が脅かされる」という懸念がありました。
そのため、政府は**「介護福祉士は看護師の指導を受けるべき」というルールを設け、看護職との棲み分けを明確にしました。この結果、介護福祉士は医療行為を独自に行えず、看護職の補助的な立場**となりました。
こうした背景から、「介護の専門性を高める」よりも「関係団体との妥協」が優先され、結果として資格制度の設計に制約が生じてしまったのです。
資格制度の導入で解決できたこと、できなかったこと
介護の専門性向上への第一歩
介護福祉士が誕生したことで、一定の知識や技術を持つ人が増え、介護の専門性は確実に向上しました。また、資格を取得することで賃金の上昇やキャリアアップの道が開かれ、介護職としての働きがいが生まれました。
しかし、制度が導入された当初から、いくつかの未解決の課題がありました。
1. 名称独占資格の限界
介護福祉士は**「業務独占資格」ではなく「名称独占資格」のため、資格を持っていなくても介護の仕事ができてしまいます。その結果、無資格の介護職員が多数を占め、資格を持っていても役割が明確でない**状態が続いています。
2. 資格取得の負担が大きい
介護福祉士の資格取得には、実務経験や養成課程の修了、国家試験の合格が必要であり、決して簡単な道ではありません。しかし、資格を取っても給料や待遇が大幅に改善されるわけではなく、資格取得のインセンティブが低いことが問題視されています。
3. キャリアパスの不明確さ
介護福祉士の資格を取った後のキャリアパスが曖昧で、管理職や専門職への道が明確に示されていないことも、資格取得を目指す人が増えない要因となっています。
介護福祉士の未来――求められる改革とは?
1. 業務独占資格化の検討
介護業界では、無資格者でも働けるため*1、介護福祉士の専門性が十分に発揮されていません。**「特定の業務は介護福祉士のみが行える」**とすることで、資格の価値を高め、専門職としての地位を確立する必要があります。
*12024年4月以降、介護保険施設や介護事業所で働く無資格の介護職員には「認知症介護基礎研修」の受講が義務化されました。
2. 介護福祉士の配置義務化
一定規模以上の介護施設において介護福祉士の配置を義務化することで、資格を取得する意味を強化できます。
3. 処遇改善とキャリアパスの明確化
介護福祉士の給与を引き上げるとともに、介護福祉士からケアマネージャーや管理職への昇進ルートを明確化することが重要です。
4. 介護ロボットやICT技術の活用
介護業界の人手不足を解消するためには、**介護ロボットやICT(情報通信技術)**の導入が不可欠です。
おわりに
介護福祉士は、「誰でもできる仕事」ではなく、専門性が求められる重要な職業です。しかし、制度の歴史的背景や設計上の課題から、十分な専門職としての地位を確立できていません。
今後は、業務独占資格化・資格取得のインセンティブ向上・処遇改善・ICT活用といった改革を進めることで、介護福祉士がより高い専門性を発揮し、介護の質を向上させることが求められます。
介護業界の未来を見据え、今こそ介護福祉士の役割を再定義し、改革を推進するべき時ではないでしょうか。
田園調布学園大学紀要 第14号 2019(令和元)年度
Bulletin of DEN-EN CHOFU UNIVERSITY Vol.14 (2019)
著者: Yumi Ishikawa
論文タイトル:
「介護福祉士資格制度創設の経緯と専門性論の行方 -関係諸団体による働きかけの検討を中心に-」
[The Establishment of a Care Worker Certification System and the Direction of Professionalism in the Field: An Examination of the Efforts of Competent Organizations]